「ロータッチ」とはカスタマーサクセスの取り組みの一環で、セミナーなどの形式をとることで、カスタマーサクセス担当者が、複数の顧客に対して同時に支援を行います。「1:多数」のコミュニケーションをはかることで、社内の負担を減らしながら、効率的に顧客を成果へと導くことが可能です。
「カスタマーサクセス」という概念はまだまだ新しく、とくに「ロータッチ」に関しては、国内で流通しているノウハウや事例は多くありません。1対1のきめ細やかなサポートが特徴の「ハイタッチ」は、営業活動の延長として認知されつつあります。一方で「ロータッチ」施策には、どのように取り組んでよいかわからない、という方も多いのではないでしょうか。
本記事では、前半でカスタマーサクセスとタッチモデルの全体像について解説しています。後半では「ロータッチ」について知りたい、「ロータッチ」の取り組みをさらに強化したいという企業様・ご担当者様に向けて、さらに深掘りしてご説明します。
目次
1 カスタマーサクセスとは
・カスタマーサクセスが重視される背景
2 カスタマーサクセスにおけるタッチモデルとは
・ハイタッチ
・ロータッチ
・テックタッチ
・コミュニティタッチ
3 ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチの分類方法
・顧客分類の軸となるLTV
・LTVによる分類方法
・LTV以外による分類方法
6 ロータッチの具体的な施策例
・ロータッチコミュニケーションの一例
7 ロータッチとハイタッチ・テックタッチの違い
・ロータッチとハイタッチの違い
・ロータッチとテックタッチの違い
9 ロータッチの効果的なアプローチ方法
・工数を減らす
・優先順位を設ける
10 ロータッチを成功させるための実施ポイント
・ロータッチの役割を明確に定義する
・営業と連携し顧客理解の解像度を高める
・顧客の状況変化に合わせて柔軟に対応する
・自社のリソースを適切に配分する
・ロータッチを実施する人材の育成
・ツールを活用して業務効率化
11 ロータッチが失敗に陥る原因
12 企業のタッチモデル運用事例
・Salesforce
・Sansan
・SmartHR
13 ロータッチとはまとめ
「カスタマーサクセス(customer success)」とは、直訳で「顧客の成功」を意味し、自社の製品やサービス(以下プロダクト)を利用する顧客に対して、顧客が目指している成果を最大化できるように支援を行うための活動や組織のことを指します。
「カスタマーサクセス」における顧客への支援内容は、単なるプロダクトの活用支援に限りません。顧客の日々の仕事・課題・ゴールや目標を、積極的に共有し、顧客の立場になって考える、伴走型のサポートであることが特徴です。また「カスタマーサクセス」の最終的な目的は、カスタマーの成果を実現することで、自社の利益を最大化することでもあります。
「カスタマーサクセス」が重視されるようになった背景には、サブスクリプション型ビジネスの台頭があります。近年、日本でも多くのSaaS企業が登場し、月額制のクラウドサービスは広く一般に浸透しました。
サブスクリプション型ビジネスモデルは、従来の一括高額投資のビジネスモデルとは異なり、月次・年次料金という形で、長期にわたり少額ずつの収益を積み上げる必要があります。少額から利用できるため顧客にとっては契約のハードルが下がる反面、継続利用してもらわなければ、企業は収益を確保できません。買ってもらって終わりではなく、いかに続けてもらうか、にビジネスの要点がうつったことで、カスタマーサクセスは注目を集め重要視されるようになりました。
「解約を防ぐために、顧客の課題をいちはやく把握」し、「成果に結びつくよう顧客に対して能動的にはたらきかける」のがカスタマーサクセスの特徴です。
カスタマーサクセスにおける「タッチモデル」の考え方とは、顧客を収益などの評価軸において分類し、それぞれに適切なサポートを行っていく手法です。顧客を「ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチ」の3つのグループに分類し、それぞれに適したアプローチを行います。
「タッチモデル」を設けて社内のリソースを適切に分配することで、カスタマーサクセスのパフォーマンスを最大化でき、事業は高い採算性を保てます。顧客の特徴ごとに差別化されたタッチポイントを設定することで、プロダクトの導入〜定着のプロセスを確実かつスムーズに行えるようになるはずです。各タッチモデルを担当する人員数の決定など、カスタマーサクセスの指針を決めるのにも役立ちます。
「タッチモデル」は決して、顧客に優劣をつけるための考え方ではありません。あくまでも、顧客の求めるサポートを、より効率的に提供するための手法です。また近年は、この3つのタッチモデルを横断するコミュニティタッチの手法も注目を集めています。次項から、ひとつずつ解説していきます。
ハイタッチ(high touch)とは、人を介した1対1でのサポート手法です。
顧客と1対1のコミュニケーションをとる中で、課題・要望を丁寧にヒアリングし、それぞれの顧客に適した対応をしていくのが特徴です。
ハイタッチ施策の対象となるのは、LTV(顧客生涯価値)が大きい顧客です。具体例としては、大手企業、エンタープライズ企業や有名企業などがあてはまります。顧客のエンゲージメントを高めるため、人的リソースやコストを大きく投じて実施します。
主なハイタッチ施策は、オンボーディング支援・現状確認のミーティング・現場視察・四半期ごとのビジネスレビュー・ヘルススコア測定・更新日前連絡(サブスクリプションモデルの場合)などです。どれも定期的、かつ比較的高頻度に、メール・電話・対面などの方法で、個別にアプローチします。
関連記事:ハイタッチとは?カスタマーサクセスのタッチモデル「テックタッチ」「ロータッチ」との違いや分類方法、具体例をわかりやすく解説
ロータッチ(low touch)とは、ミドルタッチとも呼ばれており、カスタマーサクセス担当者が、複数の顧客に対して同時に支援を行います。ハイタッチとテックタッチ、両方の要素を取り入れつつ1対多数に対して支援を行う施策です。
ロータッチモデルの対象となる顧客は、LTVがハイタッチより低い層が中心となることが多いです。ハイタッチで行うような質の高いサービスや戦略は必要としないものの、ある程度の個別対応が求められます。事業規模で分類した場合は、中堅企業など。フェーズごとのセグメントであれば、オンボーディングが完了して自走しはじめた顧客などが当てはまります。
ロータッチで行われる人を介したコミュニケーションは、セミナーのようにある程度の集団に対して行うことで、効率化をはかれるのがメリットです。その反面、ハイタッチのように個社に合わせた対応ではないため、顧客が必要とする支援を適切なタイミングで提供するためには、顧客の利用状況などのデータをしっかりと分析する必要があります。場合によっては、ハイタッチやテックタッチの要素も取り入れて臨機応変に行います。
複数の顧客に対して同時に対応しながら、提供する価値の質を高く保つには、成果を実現できる汎用性のあるプロセス設計・最適化したコミュニケーションチャネル設計など、ロータッチ特有のスキルも必要になります。
テックタッチ(tech touch)とは、人を介さずテクノロジーを活用したサポート手法です。テックタッチ施策の対象となるのは、すべての顧客ですが、特にLTVの一番低い層、例えば中小企業や個人経営者など契約規模の小さい顧客に対してはテックタッチのみで支援するケースもあります。
顧客ごとの契約金額は小さいものの、顧客の数は一番多くなります。全体としては収益に大きく貢献するため、リソースを最小限におさえながらも、継続的につなぎとめるためのアプローチをする必要があります。
具体的には、メール配信・セミナー動画のアーカイブ配信・チュートリアル・FAQ・チャットボットなど、システムやツールを活用した施策です。最低限の人手で展開できリソースをおさえられるほか、人によってサポートの質にムラが出るといった心配もなく、人を介さないことから24時間対応できるのもメリットです。
関連記事:テックタッチとは?カスタマーサクセスの重要なタッチポイント ~知っておきたい基礎知識について~
3つのタッチモデルの後に登場した、新しいタッチモデルがコミュニティタッチ(community touch)です。すべての層の顧客に、コミュニティを介してタッチポイントをもつのが特徴です。
具体的なコミュニティの提供方法は、従来のオフラインユーザー会をはじめ、近年はオンラインコミュニティも広く浸透してきました。コミュニティを通じて、企業と、ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチすべての層の顧客が、双方向のコミュニケーションをもつ場所として運営されます。
顧客はコミュニティを通して企業や他の顧客と交流をはかることで、課題解決のヒントを得られることや、プロダクトが定着化できる効果を得られます。従来のような、企業が一方的に価値提供する形式に依存せず、あらたな顧客の体験価値を生み出すことも可能です。双方向性のあるチームを築いて絆を深めることで、顧客の解約を回避する効果もあります。
関連記事:コミュニティタッチとは?カスタマーサクセスの3つのタッチモデルとの関係やメリット・デメリット、成功事例などを解説
具体的なタッチモデルの分類方法としては、LTV(顧客生涯価値)を軸として顧客をグループ分けするのが最も一般的です。
LTV(Life Time Value:ライフタイムバリュー)とは、「顧客が自社のプロダクトを使用する期間に、自社にどのくらいの利益をもたらすか」を示す数値で、顧客生涯価値とも呼ばれます。カスタマーサクセスに取り組む上で重要な指標「KPI(重要業績評価指標)」のひとつにも設定されています。
LTVを算出するための計算式は以下の通りです。
LTV=平均購買単価×購買頻度×購買継続期間
プロダクトの使用頻度や満足度が高い顧客は、購買頻度が高い・購買継続期間が長い・アップセルやクロスセルによって追加で利益が発生する可能性が高い傾向があり、総じてLTVが高くなります。LTVが高いほど、自社にたくさんの利益をもたらしてくれる顧客であるといえます。
カスタマーサクセスでは一般的に、LTVを軸に顧客を3つのグループにセグメントします。
契約金額の大きい顧客=LTVが高いと考えることもできますが、契約金額は小さくとも長期間継続して契約してくれる顧客は、安定的な収益をもたらし、プロダクト改善や事業拡大にも貢献します。LTVではかれる利益とは、売上数値はもちろんのこと、中長期的に見て会社の成長にとってもたらされる恩恵のことでもあるのです。
LTVはもっとも有効な分類軸のひとつですが、顧客のセグメンテーションは、それぞれの顧客によって分類方法が異なります。「自社にとっての価値の高さ」をはかる上で有効となる評価軸は、契約金額以外にも、事業規模・ブランドや知名度・業界・ロイヤルティなど多岐にわたります。
それぞれの顧客の特性に合わせたマーケティング戦略を策定する際、契約金額のみによる尺度で顧客の価値を決めてしまうのは危険です。そのやり方では、カスタマーサクセス本来の「顧客のサクセスのために、それぞれの顧客に対してサポートを最適化する」性質が失われかねないからです。
LTV以外の指標の例としては、プロダクトに対する顧客の習熟度による分類や、企業の成長性や事業の規模を鑑みた「契約拡張ポテンシャル」、ロイヤルティの高さ、ARR、有償サポートかどうかなどが挙げられます。LTVによる分類に加えて、自社にとって主要となる評価軸を設定することで、より立体的な顧客理解が可能になります。
カスタマーサクセスにおいて、質の高い顧客体験を創出するために、顧客分類は必須項目といえます。
1対多数のコミュニケーションで成り立つロータッチでは、顧客のニーズに最適化した支援を提供する難易度は高くなります。ニーズを無視して機械的な情報発信を行っても、顧客にとっては不要な情報にもなりかねません。
ロータッチ支援において顧客理解の解像度をあげるためには、自社の顧客のペルソナをいくつか設定した中で、主要となる顧客のタイプを3つに分類する方法があります。それぞれのユースケースごとに「顧客にすすんでほしい道筋」を設定し、これに対して「どのような手順で、どのようなコンテンツを提供するか」を設計します。セグメントに合わせたコンテンツ配信によって、対多数であることを感じさせないコミュニケーションが可能になるのです。
顧客を分類してカスタマーサクセスを提供するメリットは、各グループに対してより最適化したアプローチ方法を実施できることにあります。
企業としても、グループごとの顧客ニーズに的を絞って戦略を構築できることから、よりパーソナライズされた顧客体験を提供できるようになります。この体験を通して顧客に「自分のことをよく理解してくれている」と感じてもらえれば、満足度やロイヤルティ、ひいてはLTVの向上につながります。
また、顧客層を分けて対応することで、限られたリソースを最大限に有効活用できる点もメリットです。リソースを最適に配分できれば、カスタマーサクセス部門が少人数であっても、投下したコストに対して充分な費用対効果を発揮できます。
ロータッチは、集団的なタッチポイントが特徴となる施策です。具体的には、以下のような形式で行われます。
多数に対するアプローチのため、アンケートや、場合によっては個別ヒアリングで顧客の声を収集するのも欠かさないようにしましょう。ロータッチ施策の質を向上させることで、顧客のエンゲージメントをより高められます。
ロータッチで行われる最も多い施策に、セミナーがあります。セミナーの種類は、導入時の顧客に向けた「活用定着セミナー」、成功事例を学びたい人向けの「顧客登壇型セミナー」、同じ様な課題を抱える企業に向けた「業務課題解決型セミナー」などさまざまです。
またコミュニティを併用した、ユーザー座談会・交流会・ワークショップなどの顧客交流型イベントもロータッチ施策のひとつです。こちらは学習フェーズを終え、ある程度活用度・習熟度が深まった顧客向けの施策といえます。顧客同士の横のつながりを強固にして、エンゲージメント向上にも貢献します。
近年よくみられるのが「もくもく会」と言った自習室・相談室を兼ねるロータッチ施策です。オフライン、またはオンライン会議システムなど一つの場所に顧客を集めて、各自がもくもくと作業を行う中、わからないことがあればいつでも質問できるという仕組みです。企業と顧客双方にとって効率的な支援方法であり、注目を集めています。
カスタマーサクセスに取り組む上で、ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチそれぞれの施策は、はっきりと切り分ける必要があります。ロータッチの役割やロータッチでできること・できないことを定義することで、どのようにハイタッチ・テックタッチと組み合わせて成果実現するかというプロセスを明確化できるからです。
一方で顧客の立場から見れば、ロータッチもハイタッチ・テックタッチも、一連の支援・成果実現の手段です。質の高い顧客体験を提供するには、ロータッチに固執せず、ハイタッチ・テックタッチとも関連づけた、柔軟な対応が必要になります。
顧客の成果につながるコンテンツを提供するためには、単なるハイタッチの流用ではなく、ロータッチのタッチポイントで顧客を理解してコンテンツをつくることが大切です。これを踏まえた上で、ロータッチとハイタッチ・テックタッチの違いや、どのように連携できるかを見ていきましょう。
ロータッチとハイタッチの違い |
ロータッチ |
ハイタッチ |
対応人数 |
1対複数 |
1対1 |
対応方法 |
人とツールを組み合わせて対応 |
専任担当による個別対応 |
提供方法 |
セミナー・イベント |
個別相談・電話対応 |
ロータッチでは、ロータッチ特有の一体感によって、個別対応では実現できない新しい価値を顧客に提供できるのが大きな強みです。
ハイタッチは個社ごとのカスタマイズが得意な反面、すべての会社に対して適用できる形でのアウトプットは苦手分野でもあります。逆にロータッチは、カスタマイズは限定的であるものの、どんなトピックでも比較的コンテンツ化しやすいという強みがあります。
ただ、ハイタッチの支援内容をそのまま対多数に向けて行えばよいかというと、そのまま転用すれば成功するとも限らないのが、ロータッチのむずかしい部分です。施策についても、ロータッチの支援として意味があるか、集団の中での顧客が何を求めているか、自社内で一から構築する必要があります。
具体的な連携方法は、ハイタッチでのサポート内容を汎用化すること、ロータッチのコンテンツをハイタッチで扱えるようにすること、などです。これによって、ハイタッチで補いきれない領域を効率化したり、ロータッチ層の顧客をハイタッチへ引き上げる機会をつくったり、といった効果が期待できます。
ロータッチとテックタッチの違い |
ロータッチ |
テックタッチ |
対応人数 |
1対複数 |
1対多数 |
対応方法 |
人とツールを組み合わせて対応 |
テクノロジーによる対応 |
提供例 |
セミナー・イベント |
メルマガやヘルプページ |
ロータッチとテックタッチの違いは、「コミュニケーションに人が介在する点」です。ロータッチは、ある特性によってセグメントされた集団に対する支援のため、テックタッチよりもコンテンツ理解を容易に促せるのがメリットです。そのため提供できる情報量に限りがあるテックタッチでは、大衆理解がしやすい軽めのトピックが向いていますが、ロータッチではよりヘビーなコンテンツを扱うこともできます。
ロータッチとの連携方法には、テックタッチで人気のあるコンテンツを分析してロータッチでも取り扱う・ロータッチのコンテンツを軽量化してテックタッチで配信する・ロータッチ施策のセミナー動画などをアーカイブとして配信する、などがあります。
テックタッチとロータッチを合わせた簡易プログラムの実施や、ロータッチ・テックタッチそれぞれのコンテンツを双方の入口とすることで、テックタッチ層をロータッチにつなげるきっかけになったり、顧客同士のつながりを強化する効果もあるでしょう。
ロータッチ支援に適した顧客の一例として、オンボーディング完了後のケースがあげられます。オンボーディングが完了してプロダクト活用が定着した場合でも、担当者が異動や退職により不在になることで、担当者が新しく着任するケースです。
このような「ゼロからの定着支援ほどの手厚いサポートは必要でないものの、セミナーや研修を受けて体系的に学びたい」といったケースで、ロータッチの支援は、過不足なく効果を最大化できます。
どのようなアプローチがよいかは、企業ごとのプロダクトや顧客層によって成功例がまったく異なるのも、ロータッチの特徴のひとつです。自社顧客のロータッチでの顧客理解を深めるためには、他社事例にとらわれすぎず、個別ヒアリングや小規模からの開催など、実践を地道に行っていく必要があります。
この章では、ロータッチを行う上で、より効果的なアプローチ方法を2つご紹介します。
アメリカで上場しているSaaS企業がカスタマーサクセスに割く予算は、売上の10%ほどです。(出典:https://success-lab.jp/20171014-2/)カスタマーサクセス立ち上げ当初は20〜30%と、人件費率を高めに投資して、徐々に人が行う業務を減らして効率化していくのがセオリーといわれています。
ロータッチの立ち上げとしては、たとえば多数に向けたセミナーを行う場合、ハイタッチで寄せられる課題やサポート内容などを汎用化し、タイトルとしていくつか候補をあげてみるとよいでしょう。その上で顧客に対して「どのセミナーを受けてみたいか」といったアンケートをとってみると、意外なニーズが顕在化する可能性もあります。
顧客に対するサポートの工数を減らすのは、顧客に対して失礼なことだと感じるかもしれません。ただ、効率化できる部分の工数を思い切って減らすことで、生じたリソースをさらに有意義に活用できるようにするのが、ロータッチの本質ともいえます。
アプローチする顧客に優先順位を設けることで、コストを削減・適正化できます。ロータッチに分類された顧客の中で、顧客の属性によってさらに細かくセグメントしていきましょう。
事業規模・所在地・業種や市場などの基本的なセグメントに加え、顧客がプロダクトをどの程度使いこなしているかという成熟度・企業の成長余地・カスタマーヘルスまで評価軸はさまざまあります。セグメントの軸は、あまり複雑になりすぎないよう、3〜4つほどにおさえて、自社にとって重要となるものを設定するとよいです。
自社にとって優先度の高いセグメントの軸を設けることで、実は「そこまで優先度の高くない業務(顧客)に必要以上のコストを投じている」という事実が見えてくることも少なくありません。自社の優先順位を明らかにした上で、顧客を立体的に理解することで、業務改善・効率化につながります。
ロータッチ施策を成功させるために、おさえておくべき6つのポイントについて解説します。
ロータッチに取り組む前に、ロータッチ支援の役割を明確にしておく必要があります。企画立ち上げがゴールになってしまわないよう、「どのような目的のためにロータッチを行うのか」を組織全体で見失わないように取り組むのが大切です。
たとえばロータッチの役割を「集団対応によって効率をあげること」と定義します。業務定着セミナーで、複数の企業が業務定着に効果があったかを計測するためには、個別のKPIを設定する必要があります。例としては「参加社数」「満足度」など。定義した役割に対して、想定した効果が得られているかを絶えず検証しましょう。
ロータッチは対多数のコミュニケーションのため、ハイタッチの個別対応に比べても、リアクションや効果が測りにくくなります。役割を定義するとともに、小さな規模から施策を運用し、繰り返し検証することでコンテンツの方向性も定まっていきます。何度繰り返しても思うような成果が得られない場合は、自社で定義したロータッチの役割を見直す必要があるかもしれません。
顧客が、営業チームとの商談を経て契約すると、すべての情報はカスタマーサクセスへと引き継がれます。これらの情報を元に顧客をセグメントすることで、顧客に対する理解を深められるでしょう。セグメントに用いる項目には、以下のようなものがあります。
また対多数となるロータッチでは、セミナーなどの顧客接点の度に、集団に対するアンケートによるフィードバックを用いるのが一般的です。長期的な視点では、アンケートによる定点的な観測も重要ですが、ロータッチだからアンケートでなくてはならないというわけではありません。直接のヒアリング、たとえばアンケートの回答が高評価だった顧客に対して個別にフィードバックを求めることは、顧客理解を深めてコンテンツのクオリティをあげる上で非常に有効な手段のひとつです。
顧客によって、用意できるリソース・システムやツールに対するリテラシー・活用に対する意識など、状況はさまざまです。常に顧客の状況に合わせた対応をするために、ロータッチではデータの活用が必須となります。アプローチ方法が適切かを判断するには、アンケートやNPS®(ネットプロモータースコア)を活用して、PDCAサイクルを回します。
たとえば顧客のフェーズがオンボーディングという状況であれば、「ユーザー交流会」よりも「定着セミナー」が適切かもしれません。またあまり利用していない状況の顧客であれば、「成功事例」よりも「定着支援」についての情報発信が必要かもしれません。
顧客の利用状況・特定のアクション・ヘルススコアなどのデータと、アンケートやヒアリングの結果をあわせて、自社の顧客にとって最も価値のあるロータッチ施策はなにかを精査する必要があるでしょう。
ロータッチの効果を最大化するには、自社のリソースの適切な配分が不可欠です。カスタマーサクセスを立ち上げた当初の企業は、1対1の電話やメールなど、人的リソースを投じたハイタッチサポートの割合が多くなります。ただいつまでもすべての顧客に対してハイタッチで対応をしていては、担当者への負荷が大きいだけでなく、コストを圧迫するでしょう。
ロータッチ層でも「画一的な対応だけでは定着化が難しい」顧客の場合は、どうしてもハイタッチよりの支援を想定しがちです。このような場合は、サポートの一部を有償化することで予算を確保しましょう。この予算をカスタマーサクセスツールや、カスタマーサクセス代行サービスなどに充てることで、社内のリソースを適正化する必要があります。リソースを適切に配分できて初めて、カスタマーサクセスの質は高い水準に保てるからです。
ロータッチは、対人サポートが基本となります。セミナー・研修などのイベント開催では、プレゼンテーションスキルや、コンテンツ作成の企画・ディレクションスキルをもつ人材が必要です。
カスタマーサクセスは、プロダクトを買ってもらうためのコミュニケーションスキルをもつ営業職の人員が、その経験を活かして、「プロダクトを活用してもらうためのコミュニケーション」を行うケースが非常に多いです。このような人材に対して、カスタマーサクセスで活用するツールを使えるよう教育していくことで、効率的に人材育成できます。
またロータッチでは、イベントの企画・開催はもちろんのこと、その後のフィードバックや顧客の利用状況分析によるアプローチも行います。たとえば、契約更新が近づいた顧客に対して、ツールを活用して更新を促すようにアクションする、などもそのひとつです。
セグメントメール配信では、利用頻度の高い顧客に対してはアップセル・利用頻度が低い顧客に対してはオンボーディングについて発信するなど、コンテンツの最適化も必要になります。営業だけでなく、マーケティングやプロダクトマネジメントの知見も求められるため、それぞれの領域に強みをもつ人材で、業務を分担するのもひとつの手段です。
カスタマーサクセスに関するツールは、テックタッチだけでなく、ハイタッチやロータッチにおいても大いに活用されます。ロータッチにおいて、顧客が求めるタイミングで適切なアプローチを行い、顧客の成功体験を創出するためには、ツールの活用は必須といえます。カスタマーサクセスプラットフォームに加えて、テックタッチツール(メール・チュートリアル・FAQなど)を併用して取り組まれるケースが多いです。
ロータッチで、ツールを活用した重要なアプローチのひとつに、解約防止があります。ツールを活用すれば、契約更新が近づいた顧客をアラートで管理して対人対応につなげる、という仕組み化も可能です。ハイタッチほど工数をかけずに、ほどよくきめ細やかに対応できるのもロータッチだからこそです。
カスタマーサクセスプラットフォームを活用すれば、対多数であっても、顧客が「自分ごと」と感じられるような、高度な自動配信を行えます。たとえば、カスタマーサクセスツールで利用状況の滞っている顧客を抽出し、セグメントメール機能でFAQページに誘導する、といった形です。ツールを活用することで、対多数であっても顧客ごとに最適化したアプローチを行えるため、大きく業務効率化をはかれます。
ロータッチが失敗に陥る、うまく運用が回らない原因のひとつに、ユーザー数の不足があります。ロータッチ施策は、元々の母数が少なすぎると効率が取れない場合もあります。どのタイミングでロータッチに移行するかは、ハイタッチだけではリソースが不足してきたタイミングが一般的ですが、自社のリソースや顧客のニーズによって見極めが必要なポイントです。
また、顧客がロータッチで何を求めているのか、「ロータッチでのユーザーニーズを、ロータッチにおいてあらためて理解しようとする」姿勢も大切になります。1対1のコミュニケーションにおいて見えてくる顧客の課題・提供できる支援は、あくまでもハイタッチにおいて顧客が求めているものです。集団に対するロータッチにおいて、顧客がどのようなコンテンツを求めているか、どのような形で受け取りたいかを、想像ではなく分析によって導き出す必要があります。
ロータッチは集団に対して行う、効率的な手法だとされる一方で、とくに立ち上げでは非常に工数がかかることも多いです。イベントも、企画から実施・フォローアップに手一杯で、効果検証がなされない状態では、費用対効果も見込めないかもしれません。明確なKPI設計をして、PDCAサイクルを回すことを意識して取り組みましょう。
ロータッチを含めて、カスタマーサクセスのタッチモデルを運用して成果をあげている企業の事例を、3つご紹介します。
カスタマーサクセスの生みの親ともいわれる「セールスフォース」は、SFA(営業管理)やCRM(顧客関係管理)のシステムを、クラウドサービスとして提供する企業です。
同社はタッチモデルを用いたカスタマーサクセスに取り組んでおり、「ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチ」に加えて、「活用フェーズ」「有償サポートの有無」の2軸で顧客をセグメンテーションし、戦略的にカスタマーサクセスを提供しています。
またツールを活用して顧客の利用状況を分析し、活用率をあげるために行っているのが、ステップごとのサポートです。サポートは、同社のフレームワークに準じて1:ゴール・KPI設定、2:運用ルール策定、3:業務改善の3つのステップで行われます。
またオフラインで開催されるユーザー会は、自動化から自走化への明確なゴール設定により、長年成果を上げ続けています。
クラウド型名刺管理サービスを提供する「Sansan」は、日本で最初にカスタマーサクセスに取り組んだ企業とも言われています。カスタマーサクセスの成果事例を数多く保有しており、日本のカスタマーサクセスの先駆者といえる存在です。
Sansanは「ハイタッチ・ミッドタッチ・テックタッチ」のタッチモデルを採用しており、この他に顧客を「事業規模」「導入フェーズ」でセグメンテーションし、それぞれにアプローチを行っています。中でもオンボーディング完了率を重視しており、タッチポイントをプラン設定に落とし込んでいるのが特徴です。
ツールによりヘルススコアを監視し、解約兆候を見つけるとアラートがくる仕組みも、参考にしたいロータッチ施策のひとつです。
人事労務システムSmartHRは、これまで紙ベースだった労務管理をオンラインで効率化できる、クラウド型サービスです。「株式会社SmartHR」では顧客を企業規模で3つに分類した上で、対応するカスタマーサクセスチームを導入フェーズの5つの軸で編成し、それぞれのグループへ最適化したアプローチを行っているのが特徴です。
オンボーディングは、1:キックオフ、2:トレーニング、3:状況確認、4:クロージングの4つのステップで、確実に定着化できるようサポートしています。
同社のカスタマーサクセスは、立ち上げ当初からさまざまな仮説検証を繰り返し、都度体制を変化させてきました。その結果、継続利用率99.5%という実績を作り出しています。
カスタマーサクセスにおける「ロータッチ」について解説しました。
ロータッチも含めたカスタマーサクセスにおいて重要なことは、顧客との適切なタッチポイントを設けてコミュニケーションを重ねていくことで、信頼関係を構築していくことです。タッチモデルを分けて対応するのは、自社のリソースを適切に活用するためでもあり、顧客に合わせた柔軟な対応をするためでもあります。
「ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチ」それぞれの施策をバランス良く取り入れて、よりよい顧客体験価値の提供を目指しましょう。